自由であることは究極の引き寄せ

*この記事は、エイブラハムの引き寄せワークショップからの切り抜きです。

ではここで、一般的にポジティブな意味での「自由」を用いてみましょう。

良い気分でいる自由。

いい気分で目覚める自由。

深く呼吸する自由。

いい気分でいる自由。

クリアな思考を持つ自由。

いわゆる、自由に漂う自由。

自分がが考えたいことを考える自由。

自分の心の中にある自由。

自分が望んでいるようになる自由。

気分が良くなる自由。

世界を創造するエネルギーと調和する自由。

自分の本当の力を知る自由。

自分自身の完全性と調和する自由。

自分がボルテックス(波動の現実)の中に少しずつ入れてきたすべてのものを、偉大な深淵さで目撃し体験する自由。

自分が向かう道を感じ取る自由。

そこに何があるのかを解釈する自由。

ボルテックスの中にあるものの完全性を発見し始める自由。

本来の自分の完全性と調和する自由。

誰もが自分の選択に従って生きることを認める自由。

彼らの選択がどうであれ、自分自身の調和と矛盾することなく、それを正しいと感じる自由。

間違いなく良い気分でいる自由。

あるテーマについて浮かぶいくつもの思考ごとに、ソースと調和する思考を選択する自由

ソースがどのように感じているかを、それを感じることで見つけ出す自由。私が見つけるまでソースは待ってくれると知っているから。

ソースは決して道を外さないから、私は何も急ぐ必要がないことを知っている自由。

私がそこにたどり着けない可能性はまったくない。

だから私は、好きなだけ時間をかけて、好きなだけゆっくり、あるいは速く進み、好きなだけ広く、あるいは狭く探求し、あらゆる瞬間を自分で選択するか、あるいはそうしないかを、自由に選べる。

昼寝をしたり眠ったり、寒ければ毛布をかぶって、暑すぎたら外して、移動したり、選択したりして、自分の幸せを保つ自由がある。

世界を創造するエネルギーを、自身の喜びと満足のために活用する自由。

私がその自由を追求しても、誰にも危害を加えたり、誰かの自由を奪ったりできないことを理解している。

これはすべての人に完全に与えられている自由であって、それが波動というものだ。私が自分の自由を行使することで、他の誰かの自由を奪う可能性はまったくない。

それは幸福とソースとの調和をもたらす究極のものであって、私の存在意義を満たすものです。